ノーバディが夢を…見る?
 馬鹿馬鹿しい、俺には心が無い。そんなもの…必要ないはず、だろ?



 自分が生まれた瞬間の事って覚えている?
 俺は何も、覚えていない。
 記憶…無いんだ。
 その方が幸せだってアクセルは言うけれど、人間だった頃の記憶…あるって正直羨ましいよ。
 無いもの強請りだと思っているけれど。


 だから、俺の一番最初の記憶は。
 真紅の夕日が全体を包み込む街、トワイライトタウンの、静かなる活気を内に秘めた情景だった。
 真紅が俺を闇から引き上げ、空を走る機関車の音が俺の意識を刺激し、そこで暮らす人々の息遣いが、活気が――俺を"目覚め"させた。


 それが『俺』として認識した、最初の記憶。




 夢を見た。
 俺が生まれた、一番最初の記憶の夢。
 生まれた瞬間の、『光』の夢を。


 『光』に呼ばれるまま、『闇』を潜り抜ける。
 潜り抜けた先、そこは真紅の空に一番近い場所。
 淡い赤に染まった雲に手が届きそうな…そんな錯覚を覚えるほど。
 街並みが一望出来るその場所は、密かに気に入っている場所だ。
 真紅の光を反射し個性を主張する色とりどりの屋根も、思い思いに街を歩く人間達の姿も、真紅の空を縫うように走る機関車も、全てを見る事が出来た。
 腰を下ろし、頬杖をつく。ひんやりとした石材の感触が布越しに伝わってくる。
 ここは『危険』な場所だから、人間達はそうそう近づいてこない。
 それも気に入っている理由のひとつ、だった。


「…やっぱりここ、だったか」


 静寂を破る声。『同類』が放つ闇の気配に、眉を顰める。


「何の用?」
「お前の部屋行ったけどいなかったから探した、そんだけ」


 カツカツと足音をたて、俺に近づいてくる。
 柔らかな風が俺達をもてあそぶように纏わり、真紅の空へ溶けていく。


「一応任務はこなしたし、折角の休みだ…何しても勝手だろ、アクセル」
「後処理を全部俺に押し付けてな」


 間髪入れずに返してくる応え。
 そんなつもりはなかったんだけどな――理由を考えても言い訳にしか聞こえないだろうと判断し、口を閉じることにした。


 空白の時間を探す余りに、生まれた瞬間の夢を見てうなされているとか。
 馬鹿げている。


「ロクサス、ここで生まれたんだっけ?」


 突然話を振られ、とりあえずアクセルの方を向く。
 鮮やかな紅が、夕日に溶けることなく視覚に入ってきた。
 彼の視線は街並みに注がれたまま。


「あぁ…そうだけど?」
「そうか。だからロクサス――ここが"好き"なんだな」


 "好き"という単語に、驚かなかったと言ったら嘘になる。
 ノーバディにそういう"キモチ"が入る言葉が浮かぶとは、思ってもみなかったから。


「"好き"って…わからないな、そんなもの。ただ、不快ではないって…思っているだけだ」
「そーいうのを"好きだ"って表現するんだよ」


 そう言い、俺の方を見るアクセル。口元に笑みを浮かべながら。
 そうか、アクセルは…人間だった頃の記憶があるから。どこで"笑う"のか分かるんだな。
 『表現する』方法が、わかるんだな。
 人間だった時の記憶、あるって羨ましいよ、やっぱり。


「知るか。俺には…人間だった時の、『存在の記憶』なんて持っていない」


 アクセルの表情が、視線が。
 話す事は無いと思っていた"本音"に、限りなく近い言葉を吐かせる。


「んじゃ、此処から始めようぜ。『人間ごっこ』。記憶がないなら作っていけばいい」


 だから、『白の時間』を求めて彷徨うのはよせ――と。
 俺を凝視するように見つめながら、そう言うアクセル。


 時刻を告げる鐘の音、それが響き始め…その間、固まったかのように俺は動けなかった――と思う。
 鐘の音が溶けていく、それを半分麻痺しかかっている脳で感じながら、深く呼吸をする。
 隠しているつもりで、アクセルにはバレバレだったんだな。
 そう思うと、少し気が楽になったような気がした。


「そうだな。無ければ…また、作ればいいか。記憶は作れる、から」


 『俺』が此処に『存在』している限り、記憶はまた作れる。
 表情筋が動くのを感じる。アクセルが目を大きく見開いた。


「ロクサスって…"笑う"と結構綺麗なんだな」
「はぁ!?」


 何言っているんだ、コイツ。
 そう思うのと同時に、自然と右のストレートパンチを繰り出していた。
 反動で落ちそうになるアクセル。機関のメンバーは身体能力がずば抜けて高いものばかりだから、さすがに落ちはしなかったものの、ギリだった。


「酷いな、ロクサス。落ちたらどうするんだ」
「骨は拾っといてやるよ」
「うわ、ひでぇ」


 自然と、声をたてる。腹を抱えて。
 アクセルが俺から視線を外し、再び街へ視線を滑らせる。
 それに倣うかのように俺も視線を街へと滑らせ、静かな街の情景を眺めた。
 海から吹く風が、潮の香りを運んでくる。


「なぁ、此処から始めようぜ。もう大丈夫だろ?」
「…そうだね」




 『人間ごっこ』の始まり。
 夕日が"美しい"と謳われる街、トワイライトタウンの駅の時計台。


 生まれた瞬間の夢は、時々見るけれど。
 魘される事はなくなった。





 01.此処が始まり

 夏休み…ぽくないのですが。
 とりあえず始まりはこんな感じでしょうか。
 私がイメージするロクサスは『素で黒い』ので…掛け合い(?)の突っ込みは激しく強烈です(^_^;)。