めったに鳴らない通信機が突然鳴り出す。
ディスプレイに表示されているのは"1"の数字。――ゼムナス。
すごく、嫌な予感がした。
「…はい」
『急にお前に頼みたいことが出来た』
やっぱり、と。
口には出さずに内でそう呟いた。あいつからの連絡は、大体このパターンだ。
休暇をもらっても返上して任務に当たる事が多い。
「…で。任務の内容は?」
前にデミックスが急に休暇を取り消され、駄々をこねた為に、その後の休暇の予定さえも強制的に奪われた場面を見たことがある。
二の舞を踏むのは御免だ。
断れないのならさっさと受け、終わらせるに限る。
『海岸でシグバールを待たせてある。直接彼から聞いてくれ』
「了解」
手早く通信機を切ると、『闇』を呼び身体を滑らせた。
渦巻く黒、色を変色させる黒、逃げ道を探し空間内を走り回る黒。
黒と黒を繋ぐ『闇』、それの間を縫うように歩く。
『闇』を抜けた先、微かな青白い光に導かれるようにその場所に立つ。
柔らかな砂浜、一定間隔を置いて繰り返される波の音。
微かな光を反射し、鈍く輝く海。宵の口のような、静けさ――のはずだった。
「ボス、酷すぎるよ。俺休み無しなんだぜ?ず〜っと、ず〜〜うっと!」
「…それは俺にじゃなくて、ゼムナスに言ってくれ」
頭を抱え、ため息をつく黒の長髪の男と、明るめの茶色で髪の短い男。
確か…黒髪で長髪の男がシグバールのはずだ。
会議で何度かあっただけで一度も話をしたことは無いが。
「あんたが"シグバール"か?」
休暇が欲しいと嘆くデミックスはうるさいだけだから無視をする。
「ああ。こうして話すのは初めてだな――"めぐりあう鍵"」
「"ロクサス"だ、"魔弾の射手"」
「了解した。でロクサス。ゼムナスから任務の内容を聞いていないのか?」
その問いに頷く。
ゼムナスにあんたから内容を聞けと言われ、そのまま通信機を切ったからだ。
「ロクサス〜、聞いてくれよ。ボスがまた俺の休暇とりあげたんだぜ〜」
今まで散々無視された腹いせなのか知らないが、背後から俺に抱きついて嘆き始めるデミックス。
『鍵』を呼ぶ。俺の力の象徴――"めぐりあう鍵"の片割れ。
せめてもの心遣い(?)と『斬る』部分を向けないように平らな面を向け、思いっきり殴りつけた。
「いてぇ!」
「馴れ馴れしく抱きつくな、デミグラスソース。馴れ合うつもりは無いって前から言っているだろう」
「デミックスだって…」
分かっているって。
離れる気配の無いデミックスに肘打ちを入れ、強引に振りほどく。
「…話を聞く準備は出来たのか?」
「ああ」
砂浜にのたうち回るデミックスを完全に無視し、任務の内容を聞く事に集中した。
任務の内容は、解き放たれた心がキングダムハーツへ流れる為の道、それの不具合の調査。
一日や二日で終わるような任務内容じゃないから…正直嫌になった。
直接任務内容を言わずに、シグバールを通じて言わせたってのも納得出来る――通信機越しだと簡単に逃げられるからな。
向こうの方が一枚上手かと、納得する事にする。
シグバールが『闇の回廊』を開く。
彼が繋いだ回廊、その先は無数の"心"の結晶が輝きながら舞う空間。
そこは何とも表現出来ない…"幻想的"な光景だった。
輝く結晶を闇の空間に零しながら、一点へ集まっていく淡いピンク色の結晶。
それは主を失った、行き場の無い心達。
一点に、惹きつけられるように心は流れていた。
「シグバール、ここは?」
「我らがキングダムハーツへ心を捧げる為に作られた回廊。これを張り巡らせる為、長い間時間を費やした」
心が流れていく方向、そっちにキングダムハーツが眠っているのか。
流れに逆らう事を許されず――そう考える思考さえも奪われて、唯の"モノ"と化し、流れていく"ココロ"。
思考と身体を持ちながらも、心に縛られ、心を求めて動くノーバディ。
絶対的な『何か』に縛られているという共通はあっても、ノーバディである俺達の方が肉体と思考を持つという意味で『自由』なのかもしれない。
ノーバディには自由は無いと。
その運命から逃れられないと言うけれど、意思と思考を奪われ唯の"モノ"となっている"ココロ"よりは、随分マシだ。
ああなってしまった心は、キングダムハーツに吸収されるか、闇と接触してハートレスに捕らわれるかのどちらしかないのだから。
「デミックス、サーチを頼む」
「ふぁ〜い…ちゃっちゃと終わらせますかぁ」
シグバールの命令に、シタールを構え、やる気無さそうに答えるデミックス。
何処からか現れた水が空間を舞い、散っていく。
どこか優雅なその技を、心の結晶の光、それを反射して淡いピンクに染まった水の動きを眺めていた。
俺の任務はデミックスのサーチが終了後行う事にないっていた。
が、デミックスのサーチによると回廊の損傷はそれほど酷くは無く、ハートレスの発生まで繋がっていなかった事が判明し、俺の出番は無いという結論になった。
何の為にここに来たのか判らないというのが本音だが、思っていたよりも早く任務が終了する事になったので、よしとするべきか。
「んじゃ、後始末はよろしく。俺は休み満喫するから」
「ロクサス、最後まで付き合ってよ。レポート提出して終わりだろ〜?」
がしっと手を掴み、にこやかな笑顔で言うデミックス。
馬鹿だな、そのレポート提出の際次の任務を言いつけられるんだ。
そういう嫌なものは押し付けるに限る。
「付き合ってもいいけれど…高いよ?」
そう言い、"めぐりあう鍵"の片割れを首筋に当ててやると、デミックスは何も言わずに手を離し、プルプルと首を振った。
「シグバール、失礼します」
「…ああ。ロクサス、いい子にしてろよ」
機関のNO.2に頭を下げ、闇の回廊を潜る。
最後の一言が気になったが、その話は次の機会まで取っておこう。
02.逃げることは悪くない
…強引にお題に繋いでいる気もしないでもないですが。
休みのはずなのに急に任務が入ってしまって不機嫌なロクサスを書いてみました。
そしたらなんつーか…デミちゃんが悲惨な目に(-_-;)。
それにしても、私のロクサスはどうして『素』でこんなに黒いんだろう。
ロクサスじゃなくてクロサスだ、これじゃ(汗