俺の中で、何かが動き始めた。




 強引に取った休暇をのしつけて返し、俺は再び任務に復帰した。
 そんな俺の様子をアクセルが呆然と眺めている。


「ロクサス…熱でもあるのか?」


 そう言って手袋を脱ぎ、額に手を当てるアクセル。
 アクセルの体温が伝わってくる。


「…熱なんてないってば」
「サボリ魔のロクサスが真面目に仕事始めたら…俺心配しちゃって」


 何だよ、サボリ魔って。俺そんなにサボっていた覚えは無いけれど。


「俺に後処理を押し付けて、さっさと休暇楽しみに行ったり。デミックスにレポート押し付けて…さっさと帰ったらしいじゃないか?」
「あれはゼムナスに会うと、追加で任務受けそうで嫌だったから」


 判っていて、会いに行くわけないだろう。


 付け加えたその一言に、喉の奥で笑うアクセル。
 『大人には大人の事情があるんだよ』と。そう諭される。
 子供扱いするなよ、まったく。


「しかしロクサス。どうして真面目にやる気なったんだ?」
「あのまま休み取ってると…夏祭りの前に休み終わっちゃうんだよな」


 あの街に出て、人が住む所に行ってみて。
 壁に貼ってあったポスターが目に引いた。
 『夏休み企画:花火大会』
 日程やら詳細やらを見ていて、休みを計算したら…あのまま休みを取れば、丁度その日から本格的に仕事が始まる事になることがわかって。


「だから今のうちに任務こなして、その日に休暇もらおうと思って」
「…そうか、そういうことか…」


 やっぱり何時ものロクサスだな、と。
 肩をポンポン叩くアクセル。


 …どういう意味だよ、それは。




 崩れ落ちるのを感じる。
 今まで積み上げてきたものが無くなっていくのを感じる。
 ノーバディは存在しない者だから、積み上げたと感じているモノも『虚無』なのかも知れないけれど。
 『虚無』から生まれたモノは、『虚無』へと還るのだけなのかもしれないけれど。
 何かが、崩れていく。


 繋がる蒼の光、それを意識してから。
 俺の中の何かが、それを求め始めている。


 闇の存在である俺がそれを求めるのは、劇薬を口に含む行為と同じだと。
 理性はそう言っているが、その理性も何処まで持つか判らない。



 俺の中の『時間』が。
 壊れた懐中時計の針が、軋んで、鈍くなって…――止まっていく――




「ロクサス」


 掛けられた声に驚き、身体を震わせる。
 思考が完全に別の所に行っていて、今が任務中だっていう事を完全に忘れていた。
 何時敵に狙われてもおかしくないという状況の中、よく無事でいられたと思う。


「やっぱお前様子おかしいわ。…何かあったのか?」


 普段なら任務中に他を意識する事はなかったはずだ、と。
 そう言いながらチャクラムを無へ還すアクセル。


「なんでもないさ」


 緩く首を振り、立ち込める血の臭いに眉を顰めた。
 『任務』という名目で斬り捨てられた肉片を踏み潰し、キーブレードを光の断片へと還す。


 俺達は…俺は、何の為に任務をこなすのか。
 虚無から生まれたモノは、虚無しか生み出すことが出来ないのか。
 何かを壊し、何かを失い――その上に成り立つ創造。
 笑えない茶番劇を演じているような、錯覚を覚える。


 こんな事を繰り返して、何になる?
 何が、残る?


 「任務完了だ。戻ろう」


 闇を呼び、回廊を開く。
 アクセルが何か言いたげに口を開いたが、最後までそこに立ち止まらずそのまま闇へ身を滑らせる。
 案外、理性の叫びが聞こえなくなるのも早いかもしれないと。
 血の臭いで利かなくなった鼻に、不快感を覚えながらそう思った。






 夏祭り。
 これを楽しみに、休み返上をしてまで任務へ参加したのに、全然"気分"が乗らなかった。
 あれしてみたい、これしてみたい…と思っていた事を一つもやらず、ただ人ごみに紛れ、街並みを眺める。
 遠くから眺めているよりこうして近くによれば…とても活気のある街だという事に気づかされた。


 露店にそれぞれ思い思いの衣装で、店に並ぶ子供達。
 見た目も俺と変わらない――似たような年頃だと思われるグループも幾つかあった。
 フードを外し、街中を歩く。
 何時もアイスを買っている店も露店を出していて、そこでアイスを買い、食べながらぶらぶらと歩いていた。


「君、街で見かけた事無い子だね。ここに来たの、初めて?」
「…え?」


 声を掛けられ振り返ると、女の子が立っていた。
 人間と話す事など殆どない…ましてや同じ歳ぐらいの子とは話したことが無いから、ひどく戸惑う。


「…ああ」
「そっか。私はオレット。君は?」


 ――どうしようか。この場合、正直に答えるべきか。
 少し考えた後、答えることにした。


「ロクサス」
「ロクサスね。んじゃ、ロクサス、一人じゃお祭りつまらないでしょ。一緒に行こう?」


 予想外の展開。
 まさかこう来るとは思わなかったので、困ってしまう。


「一緒に行ってみたいけれど…俺、あんまりここにいられないんだ。旅しているから、すぐに行かなきゃ」
「そうなんだ」


 ごめん、と謝りながら…その時の仕草をどうするか考える。
 相手は人間、心があるから――気を使う。
 俺達ノーバディの勝手で、傷つけたりしたくないし。


「あ、大丈夫。こっちこそ声掛けちゃってごめん」
「いや…――ひとつ、質問していいか?」
「うん? 何?」
「夏祭りって…何の為にするんだ?」


 二、三度瞬きをして街並みを見渡すオレット。


「夏祭りは…昔と今とこれからを繋ぐもの、なんだ。」
「繋ぐ…もの?」
「うん。昔からの風習っていうかなぁ…未来へ、残していくものなんだって。」


 もっとも私達は、ただ楽しんでいるだけれどね。
 笑顔と共にそう言うオレット。
 昔の風習が今にも伝わって、未来へ繋がっていく。


 少し、羨ましい気がした。




 オレットと別れ、街外れの方へと移動する。
 駅の時計台。腰を下ろし、何時もより賑やかな街並みを眺めた。
 ゴツゴツとした質感が布越しに伝わってくる――何時もの感触。


 黄昏の街の闇が、少しずつ濃くなっていく。
 突然、甲高い音が空に響いて、思わずそっちの方を向いた。
 轟音と、閃光。
 耳を塞ぎつつ、強い光の方を見た――色とりどりの光が降る。
 激しい轟音と共に。


 過去と、今と、未来を繋ぐ――。
 ふ、と。『オレット』が言った言葉を思い出した。
 人は何かを『残して』、『繋ぐ』事が出来るんだ。


 俺はノーバディだから、虚無の存在だから何かを『残す』事は出来ないだろうけれど。
 もしも何かを残せるとしたら、俺が残したかったのは何なんだろう?




 俺の中で、何かが動き出した。
 それが動き出したって事は…多分、もう俺には時間は残されていないはずだ。
 その『何か』には逆らえないと、本能が告げている。
 俺が求めているのは『光』だから…その先に待っている物も、何となく感じる事が出来た。


 俺はノーバディ、虚無へ帰る者。
 存在しない者。
 存在する事を許されない者。


 過去、今、未来へと繋がっている時間の中で。
 誰かに『名前』を覚えてもらい、誰かに『名前』を呼んでもらい。
 誰かの記憶に残されるって事は…ある意味『幸せ』なのかもしれないと。
 そんな事を、考えた。




 ノーバディは虚無で構成された存在だから。
 残されるのは、無へ帰る風。


 それさえも、空に解けて消えてしまうのだろうけど。


 俺が、残したいものは―――『   』。






 05.残したいもの
 夏休み…というお題から外れつつある物語(-_-;)。
 てか、真面目な話になりつつありますね。
 次の話で完結です。