軋んだ針。
 時を止めていく、懐中時計。
 ゆっくりと、ゆっくりと――それは、緩やかに、時が――。




 闇に抱かれ、眠るキングダムハーツを見上げる。
 機関のメンバーの大半はこれの為に動いている――俺は、他のメンバーが"思う"程、それには執着してなかったと思う。
 そこが俺と、他のメンバーとの徹底的な違い。


 あの夏祭りの後、俺の中で芽生えた『何か』が俺を支配するようになった。
 きっかけは、空を見た時からだけれど。


 闇を支配し、闇に抱かれて眠るキングダムハーツより、何処までも青く、高く――遠い『繋がる蒼』を求めるようになっていた。
 心を喰らい、徐々に『成長』しているキングダムハーツ。
 それを見ても、俺の中の『何か』が動かされることは無かった。
 俺の中の"願い"が、変わる事は無かった。




 キングダムハーツに背を向け、ビルの屋上から飛び降りる。
 音も無く着地すると、足を進め始めた。


 終わっていく。
 何かが、終わっていく。
 人間はそれと同時に何かが始まるのだろうけど、俺はただ…終わるだけ。


 こんな時、何て言うんだったっけ?
 『人間ごっこ』を始めるようになってから、この時の仕草は…とか考えるようになっていった。
 ――でも、もうそれも必要無くなるな。
 『繋がる蒼』を見つければ、それですむんだから。




「さよなら」




 脳で何かを考えたわけじゃない。
 別に、何かを言おうとしていたわけじゃない。


 でも、自然と零れたんだ。
 コップから溢れ出す水のように。




 終わりを告げる時の、"言葉"。
 でも、それは新たなる始まりを告げる"言葉"。


 始まりを告げる"言葉"でもあるから…俺にとってそれは叶わない願いを願い続けるのと同じ事。
 終わったら、それっきりの俺にとって…その言葉は何て残酷なんだろう。


 でも、どこかでその言葉を望んでいる自分がいる。
 与えられる事はないと、わかっていても。


 ノーバディに『次』は無いのに。


 ノーバディ、という事実は変えようが無い。
 存在しないもの、という事実は消えようが無い。
 俺は『存在』から生まれだした…影。
 『存在』という光から生み出された影、だから。


 その言葉を与えられるのは、実体を持つ光の方。
 影は、光についていくだけ。


「――さよなら」


 終わりを告げる、"言葉"を吐き出す。
 確かな終焉、それに向かって歩き出す自分。
 己に投げかけたこの言葉は、自然と沁みていった。
 乾いた土に染み込んでいく水のような――"言葉"。
 虚無に支配された身体に、波一つ立てることなく沁みていく"言葉"。






 意外と、『優しい』言葉なのかもしれない。








 06.さよなら
 イメージ的に、機関を抜ける直前って感じですね。
 夏休みっていうテーマを完全に忘れている感じがするのですが(汗
 真面目にシリアスで…と考えて、ロクサスの独り言っぽくしたら、救いようが無いくらい暗い話に。